まず、ARGというジャンルに興味を持つ勤勉な皆様に謝らなければいけない事があるとすれば、
「ARGとは何か」というのを正確に言い表す事は未だ出来ないと言わざるを得ないことだ。
それは私が研究をサボっていたからではなく(かろうじてそれは否定できる)、
このARGというものは未だ絶えず変化し続けてるものであるからだ。
その変化というのは、3年ぶりに帰郷した実家が更地になっていたというほどに衝撃的な変化であり、
また次の日にはそこに30階建ての我が家が待ち構えていた時の様に急激なもので
不思議な国の少女のように、その飛び回るウサギを見失わないようにするので精一杯なものだという事が言える。
そうしたARGの不思議な世界へ飛び込む為には、「ウサギの巣穴」を探す必要がある。
もちろん今すぐハンチング帽を被って猟銃を構える必要はなく、それはARGの一つのキーワードの事だ。
大変困ったことにARGというのは、それがどんな姿をしていてどこに住んでいて何を主食としているのかを教えてくれない。 それを知るためには敏感なアンテナを至るところに張り巡らし、どこかに隠れるその「ラビットホール」を見つける必要がある。
それは時に不思議なムービーだったり、突然現れたWEBサイトだったり、何を伝えているか判らない広告バナーであったりWEB空間にとどまらず、それは現実のどこかに記された記号であったり、有名人の着ているシャツの柄だったりと、その時々に色々な形で提示される。
例えば「I Love Bee」と呼ばれるARGキャンペーンでは、映画館で突如放映されたゲームのトレイラームービーであったし、「the Lost Ring」では動画投稿サイトやTWITTERによって各地の協力者に呼びかけを行っていた。
日常のふとした所からARGの世界へ、時に気付かないまま足を踏み入れてしまう事もあるだろう。
ARGの敬虔なプレイヤーは、「これは"ゲーム"ではない。」という。
セーブもリセットも、電源ボタンすら存在しないこのゲームには「明確なシナリオ」も存在しないからだ。
大抵のゲームではシナリオライターが大金と引き換えに神経と時間を売り払って作った緻密な筋書きがあり、
どんなに自由なシステムのゲームでも、クリアまでに必ず踏む手順は毎回同じである。
しかしこの不思議なゲームには、それが無い。
かといってARGの設計をするリードライターがサボっているわけではないし、
むしろ大金と引き換えに神経と時間を売り払って居る事に変わりは無い。
しかしそこで作られるのはその壮大な始まり方と、感涙を禁じえない壮絶な終わり方だけで
そこへと至るシナリオは全て参加者達へと委ねられる。
ARGとは参加者一人一人がシナリオライターとなり、一つの大きな物語を作っていくゲームであり
参加者全員がその世界規模のストーリーの主人公となる「リアルな体験」だ。
ARGは性質の悪いタイプの、高熱が長期間続く最悪のウイルスだ。
主に人伝えに感染するが、至るところに感染源が潜伏しており、酷い場合にはウェブサイトの広告バナーを見ただけで感染してしまったという報告すらある。
感染者はまるでゾンビの様にゆっくりと確実に次の犠牲者を探してネットや、現実を漂う。
ARGが「広告手法」として注目されているのは、そういった理由があるからだ。
貴方がもし大企業の広報で、合法的に企業名入りのコカインパッケージを配れるとしたら?
少なくとも、まちがいなく私は飛びついていただろう、残念ながら広報ではなく勤め先も中小なのだが。
だがそんな広報達を悩ませる問題が一つだけある。
それは大抵のARG製作者は「企業広告としての成功」なんてちっとも気にしていないという所だ。
彼らはその商品がどれだけ素晴らしく、どれだけのシェアを持っていて、どれだけのメリットがあるかより
甚大な感染被害を及ぼし、凶悪な病状を伴うウィルスをデザインする事に執心する。
そのお陰で我々は30分毎に3分のCMを見せられることも無く、安心して闘病生活を送る事が出来るのだ。
貴方も是非、この素敵なバイオハザードを経験してみて欲しい。